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奈良地方裁判所 昭和26年(行)5号 判決

原告 梅谷彌三吉

被告 国・奈良県知事

主文

被告国に対する関係において、奈良県北葛城郡河合村大字西穴闇四百七番地の二宅地七十五坪並びに同所四百三十七番地の三宅地五十坪について昭和二十三年十二月二日を買収期日としてなされた買収処分並びに同二十四年二月二日を売渡期日としてなされた売渡処分が何れも無効であること及び原告が同土地の各所有権を有することを確認する。

原告のその余の訴を却下する。

訴訟費用のうち原告と被告奈良県知事との間に生じた分については原告の負担とし、原告と被告国との間に生じた分については被告国の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「一、被告両名に対し、別紙目録第一記載の(1)(2)の土地について昭和二十三年十二月二日を買収期日としてなされた各買収処分並びに同二十四年二月二日を売渡期日としてなされた各売渡処分が無効であること及び原告が右土地の所有権を有することを確認する。二、被告奈良県知事に対し、前項記載の土地について被告奈良県知事がなした別紙目録第二記載の各登記の嘱託処分が無効であることを確認する。同被告は右各登記の抹消登記手続をなし且つ各土地の土地台帳の所有名義をすべて原告名義に回復手続をしなければならない。三、訴訟費用は被告等の負担とする」との判決を求め、

その請求の原因として、

一、奈良県北葛城郡河合村農地委員会(以下村委員会と呼ぶ)は原告所有の別紙目録第一記載(1)(2)の土地について昭和二十三年十月九日自作農創設特別措置法(以下自作法と呼ぶ)第十五条により買収期日を同年十二月二日として宅地買収計画を樹立し被告奈良県知事(以下知事と呼ぶ)は同買収計画に基き同二十四年二月二十三日買収令書を発行し同年三月六日右買収令書を原告に交付して買収処分をなした。そして村委員会は右土地について同二十三年十一月十六日(1)の土地の売渡の相手方を訴外藤岡時蔵(2)の土地のうち各五十坪の売渡の相手方を訴外杉本奈良助並びに同藤岡美雄売渡期日を同二十四年二月二日と定めて売渡計画を樹立し、知事は同売渡計画に基き売渡通知書を発行しそれを右売渡の相手方にそれぞれ交付して売渡処分をなした。

二、しかしながら右の買収処分には次のような違法があるから無効である。

(一)  村委員会は同二十三年十月九日(1)(2)の土地について宅地買収計画樹立の決議をなしたが、(2)の土地のうち五十坪の買受申請をなした杉本奈良助は当時村委員会々長の職にあつて当然自己に関係のある右の審議に関与することができず進んでこれを回避すべきであつたにかゝわらず同訴外人は議長としてその議事に与りその関与の下に右の決議がなされたものであつて右杉本奈良助の行為は昭和二十四年六月二十日法律第二百十五号による改正前の農地調整法第十五条ノ十三の規定に違反しているから(2)の土地についての買収計画は勿論(1)の土地についての買収計画もまた無効である。

(二)  本件買収計画は村委員会作成名義の各買収計画書なる文書によつて表示されているが、買収計画書は委員会という合議体の行政行為上の意思を表示する文書であり文書の内容が決議の内容と一致することの証明文書であるから右買収の基礎となる当該委員会の特定具体的決議に基いた旨の記載及びその決議に関与した各委員の署名押印が少くも議長である委員会々長の署名押印のあること、即ち該決議に関与した公務員である委員若くは少くとも委員長が作成すべきことをその有効条件とするが本件買収計画書には右の記載及び署名押印がない。又買収計画書には買収計画の執行時期と言うべき公告の時期に付て委員会の決議にもなかつたのにも因るがその時期を記載し、かつ書面作成日附並びに村委員会に備え付けられた日附の表示をしなければならないのに何れの記載もない。

(三)  本件買収計画は適法な公告を欠いている。もつとも同二十三年十月三十一日村委員会々長名義をもつて河合村役場に本件買収計画書を縦覧に供する旨の告示(甲第六号証)がなされたが、右は村委員会が公告の時期について決議をしていないのに村委員会々長杉本奈良助が正当な権限なしに自己の名義を以てした専断にわたる行為であるから公告としての効力がない。又公告は買収計画という委員会の単独行為を相手方に告知受領せしむべき行為であり公告によつて買収計画は対外的な効力を生じるのであるから、公告の内容は買収計画の告知公表であることが必要であるのに右の告示は単に縦覧期間と各計画書所在場所を表示するに止まり買収計画の要領の記載なく勿論供縦覧書類の作成であるとは言えないからこれを目して自作法の要求する公告とはなしえないからこの点からしてもその効力がない。

(四)  買収計画は買収という行政処分の原案であり之に対する都道府県農地委員会の承認があつて始めて買収という行政処分が成立をみるのであるが、奈良県農地委員会(以下県委員会と呼ぶ)は本件買収計画に対し同二十三年十二月二日承認の決議をなしたけれども、右承認の決議は村委員会において承認申請をなすべきことについての決議がなされていないのにかゝわらず村委員会々長が無権限でなした承認申請に基くものであり、又本件買収計画は適法に公告されていないから買収計画に対し異議訴願の手続をなしうる時期は未だ終了していないのにかゝわらず自作法第八条の規定に反しその時期以前になされた承認申請に基くものであつて、これは適法な承認申請がないのにそれあるものと誤信してなされた承認の決議でその要素に錯誤があるから無効である。又県委員会はその承認の決議に一致する承認書なる文書を作成しておらず従つてそれは村委員会に対し送達告知されていないから承認の決議はその効力を発生していず、従つて国の買収と言う行政処分はまだ成立していないと言うべきである。

(五)  本件買収令書は買収計画所定の買収時期である同二十三年十二月二日より遙かに後れた同二十四年二月二十三日発行され同年三月六日原告に交付されたが、このように買収の時期を徒過してなされた買収令書の発行は買収という行政処分の有効期間経過後になされたものであり適法な行政処分の実施執行権に基かない違法の措置である。

(六)  本件土地の時価は優に一坪三百円であるのにかゝわらず買収令書には(1)の土地の対価を千六百一円六十銭とし(2)の土地を二分した各五十坪の土地の対価を各四百五十五円とする旨の定めがありこれ等の対価は農林省告示により財産税物納の場合の評価に準じた計算によるものであるが、この基準は自作法第十五条の法定基準によらない違法の取決めであつて本件買収令書はその内容において無効である。

(七)  原告は(1)の土地百七十六坪のうち六十六坪を藤岡時蔵に賃貸していたのであるが同訴外人はその借地面積を七十五坪あるものと不実の買収申請をなしたのにかゝわらず村委員会はそのまゝこれを受理したばかりでなく百七十六坪全部について買収計画を樹立しそのまゝ買収手続が行はれたがこれは買収の対象を誤認したものであつて右買収処分は無効である。(本訴係属後昭和二十八年七月一日知事は前記買収について修正通知書なるものを発行し原告に交付して右買収は七十五坪に付てのみなす旨を表示してきたが前叙のように当初の買収が無効である以上之を如何に修正するも有効となることなく之亦無効であることを免れない。)

(八)  原告は(2)の土地百坪(実測百十五坪)を杉本奈良助に内五十七坪藤岡美雄に内五十坪を賃貸していたところ、同訴外人等の買収申請により立てられた買収計画はそれぞれ右土地のうち五十坪と夫々同一の表示をなし各一筆合計二筆としてそれに従つて買収令書が発行されたが、右宅地は登記簿上一筆の土地であるから公簿上分筆がない限り一部の地域は特定せず、従つて独立特定の所有権の目的とならないのにその分筆登記をしないでなされた各買収処分は何等の効力を生じない。

(九)(1)  賃借宅地の買収にあつては当該賃借宅地が売渡農地の農耕に専用されるべきことを目的として宅地賃貸借契約が締結されている場合にのみ買収されるべきものであり、従つて法上賃借宅地と売渡農地との間には右の意味での土地利用の牽連関係を要し、かゝる要素の欠ける契約の下においては仮え賃借人がその農地の耕作に関して該宅地を利用している場合であつてもそれは単に経済上の土地利用関係のみの存在に止まり自作法第十五条所定の買収対象たる賃借宅地に当らないと言うべきである。ところで前記藤岡時蔵、杉本奈良助、藤岡美雄は何れも原告所有農地の賃借人等の耕作者でなかつたものであり、同人等に取得した売渡農地がありとしても右は原告以外の者の所有の農地であつて、且つ原告は(1)(2)の土地を右各賃借人に対し原告所有農地については勿論第三者所有の農地についてもこれを特定しその農耕に関連して専用することを宅地使用の条件として各宅地賃貸借契約を締結したものでないから右の法上の土地利用の牽連関係を欠き本件買収処分は無効である。

(2)  本件買収申請人藤岡時蔵同美雄は夫々主として運動具の製造販売業を営み、杉本奈良助は皮革類等のブローカーを営む何れも兼業農家であつて本件各宅地の地積の約四分の三はそれぞれ住宅工場又は納屋の敷地であり、同工場は皮革製品を製造し納屋は農耕用具以外の物を収蔵しているものであつて農業生産に直接使用される地積は僅に四分の一にすぎない。そうであるから右各宅地の一部は農業用宅地として買収の対象としての適性を有するけれども他の大部分は買収せられうる適性をそなえていないから各全地域に対する買収処分は無効である。

(3)  前記のように買収申請をなした三名は何れも兼業農家であり精農でないから買収申請人として不適格でありこれ等の者の申請に基く買収処分は無効である。

以上のように本件各買収処分は当然無効である。

右のとおり買収処分が無効であるのにかゝわらずこれを有効のものとしこれに基いてなされた本件各売渡処分は実体上当然無効であるばかりでなく、村委員会の売渡計画の手続については計画審議計画書の記載、該計画の公告承認等に関して前記買収計画の手続についてと同様の手続上の無効原因が存するから本件各売渡処分はこの点からしても無効である。

このように買収処分売渡処分は共に無効であるから本件(1)(2)の土地の所有権は依然として原告に属するにもかゝわらず被告等はこれを争う態度を示している。

三、而して知事は(1)(2)の土地について昭和二十五年六月七日別紙目録第二記載の(1)の所有権取得の各登記、次いで昭和二十八年九月八日(1)(2)の土地について分筆の登記、(2)の所有権移転の各登記の嘱託処分をなしそれに基きそれぞれその旨の登記がなされたが、買収処分並びに売渡処分が無効である以上右嘱託処分は当然無効であり又原告は右土地の所有権を有するから知事は原告に対し右各登記の抹消登記手続をなす義務があり又知事は(1)(2)の土地の土地台帳につき分筆並びに所有名義の変更をなしたが知事は原告に対し右所有名義を原告名義に回復する義務がある。

四、そこで原告は被告両名に対し本件各買収処分並びに各売渡処分が無効であること及び原告が(1)(2)の土地の所有権を有することの確認と、被告知事に対し前記各登記の嘱託処分が無効であることの確認を求め、併せて被告知事に対し右各登記の抹消登記手続をなしかつ土地台帳の所有名義を原告名義に回復手続をなすことを求めるため本訴に及ぶ。なお、原告は本件買収計画に対し異議訴願の申立はしていない。

と述べ、被告主張の日時その主張のような修正通知書が原告に送達されたことは認めるがそれは不適法のものであり買収処分の一部取消の効力はないと述べた。

被告等訴訟代理人は各「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする」との判決を求め、

答弁として

原告請求原因事実中、一の事実、二の事実のうち村委員会に対し訴外藤岡時蔵から(1)の土地のうち七十五坪について訴外杉本奈良助同藤岡美雄から(2)の土地のうち各五十坪について夫々買収申請があつたので本件各買収処分がなされたこと、当時杉本奈良助は村委員会々長の職にあつて自己の買収申請にかゝる(2)の土地のうち五十坪の買収計画の審議に議長として関与したこと、各原告主張の日時村委員会が買収計画を決議し買収計画書を作成し原告主張のように村委員会々長名義で河合村役場に買収計画書を縦覧に供する旨の告示をなして公告をなしたこと、県委員会が原告主張の日時買収計画の承認の決議をなしたが承認書なる文書を発行していないこと、藤岡時蔵、杉本奈良助、藤岡美雄が何れも原告所有の農地の小作人でなかつたこと及び三の事実のうち知事が原告主張の日時原告主張の(1)の登記の嘱託処分をなしその主張のような所有権取得登記がなされたことは認めるがその余の事実を争う。

原告の請求は次に述べる事由により理由がない。

一、藤岡時蔵の買収申請に基き買収処分をなした(1)の土地のうち百一坪並びに杉本奈良助の買収申請に基き買収処分をなした(2)の土地のうち五十坪については河合村農業委員会はその買収計画並びに売渡計画の取消をなし昭和二十八年四月一日知事に対しその確認申請があつたので知事はこれを確認の上同年七月一日原告に対し買収修正通知書を発行交付して当該買収処分を取消し、藤岡時蔵には売渡修正通知書を杉本奈良助には売渡取消通知書を発行交付して売渡処分を変更又は取消した。而して知事は同年九月八日登記の嘱託をなして(1)の土地については奈良地方法務局箸尾出張所昭和二十八年九月八日受付第七三九号をもつて同村大字西穴闇四百七番地の一宅地百一坪と同番地の二宅地七十五坪とに分筆の登記手続をなし前者について同日同出張所受付第七四〇号をもつて原告主張の農林省のための所有権取得登記の抹消登記手続をなし、又(2)の土地については同日同出張所受付第七三六号をもつて同村大字西穴闇四百三十七番地の一宅地五十坪と同番地の三宅地五十坪とに分筆の登記手続をなし前者について同日同出張所受付第七三七号をもつて原告主張の農林省のための所有権取得登記の抹消登記手続をなしたものであつて、現に原告は登記簿上右四百七番地の一宅地百一坪並びに四百三十七番地の一宅地五十坪の所有名義人として表示され又土地台帳においても原告は右土地の所有名義人として表示されている。そうであるから右の土地に関する原告の本訴請求は既にこの点においてその利益がないから棄却さるべきものである。

二、本件買収処分は藤岡時蔵、杉本奈良助、藤岡美雄の買収申請に基くものであるが、同人等は何れも五反歩以上を耕作している専業農家か少くとも農業を主とする兼業農家で自作法により相当面積の農地の売渡を受けた者でありその買収申請に基きすべて適法な手続をふんで買収処分がなされ次いでその売渡処分がなされたものであつて原告の主張はすべて理由がない。

と述べた。

(立証省略)

理由

一、先づ被告奈良県知事に対する訴の適否について判断する。

原告は被告国に対し本件買収処分並びに売渡処分の各無効確認を求めると同時に被告知事に対してもこれを訴求するが、右確認を求める訴は本来確認の対象である権利又は法律関係の終局の主体である国を被告とすべきものであつて、知事は右権利又は法律関係の帰属を決定すべき手続に付き過渡的に関与したのみであつてしかも行政処分無効確認訴訟の確定判決は行政事件訴訟特例法第十二条の規定により関係の行政庁を拘束するものであるから国を被告として右の訴を提起した以上更に知事に対し右無効確認を求める法律上の利益はないといわねばならないから被告知事に対する右の訴は不適法として却下すべきものである。

又原告は被告国に対し本件宅地の所有権の確認を求めると同時に被告知事に対してもこれを訴求するが、原告の訴旨に徴し原告が被告両名に対し確認の利益があるというも要するに買収処分売渡処分の有効無効に関連しその結果所有権の帰属につき争を生じたものであるから、その確認の相手方である被告国との間において前示処分の当否従つて所有権の帰属が確定するときは前記所有権の帰属を決定する手続に付過渡的に関与したに過ぎない知事は謂はば国の下級的、実施的な行政庁とも称し得べきものであるから行政庁の性格からみて特別の事情のない限り被告知事との間の紛争も終了に至ることゝなるから、被告知事に対する関係において所有権の確認を求める利益はなく右の訴も却下すべきものである。

次に原告は被告知事に対し買収処分による所有権取得登記並びに売渡処分による所有権移転登記の各嘱託処分の無効確認を求めるが、右嘱託処分は行政作用であるけれども右は農地等の買収売渡の結果として之が登記を国がなすべきであるがその数が非常に多いのとその所在が各地に亘つているため事実上之が登記を一々行うのは不能に近いため便宜上右手続は関与した知事に委任したものであつて附随的の而も行政庁間の内部的意思表示にすぎず独立して直接国民に権利を与え義務を負わしめる効果を及ぼすものでないから、このような行政庁の処分について無効確認を求める法律上の利益を有しないものといわねばならないのであつて原告の右の訴はこれまたその利益がなく却下すべきものである。

更に原告は本件土地の所有権者として被告知事に対し買収処分による所有権取得登記並びに売渡処分による所有権移転登記の各抹消登記手続を求めるが、およそ土地所有権者がその目的不動産について不当な登記が存在するとしてその登記の抹消を求めるに当つてはその相手方となすべきものは通常その不動産の登記簿上の名義人である。而して原告主張自体に徴するときは買収処分による所有権取得登記においてはその登記名義人は国の代表者としての農林省であつてその実質上の名義人は国であるから該登記の抹消登記手続は国を相手方として、これを求めるべきものであり、又売渡処分による所有権移転登記においてはその登記名義人は売渡を受けた者であるからこれを相手方として訴求すべきである。そうであるから被告知事に対する本訴は相手とする当事者を誤つたものであり不適法として却下をまぬがれない。

又原告は所有権に基き被告知事に対し本件宅地について土地台帳の所有名義を原告名義に回復手続をなすことを求めるが、土地台帳は土地の状況を明確にするため登記所においてこれが登録の事務を掌るがもともとその登録は自らこれをするを立前としているものであり、第一種地及び第二種地の転換分筆及び同筆地目変換登録所有者の住所又は氏名若しくは名称の変更の場合は申告を要するものとしているがこの場合にあつても当事者に登録申請権を認めたものではなく、その他の場合は当事者の申告を要せず登記事項の変更等によつて登記所自らこれを登録するから、所有者の変更があつた場合は当事者においてその所有名義人の登録の修正申告を要せず従つて一般にこれを求めえないのみならず、仮にこれを求め得る場合にあつても土地所有権者が登録された所有名義人に不当があるとして自己名義に登録の修正を求めるに当つてはその相手方となすべき者はその土地台帳に登録された名義人であるが原告の主張に徴し土地台帳に登録された名義人は売渡を受けた者であるからこれを相手方として訴求すべきであつて右の訴はこの点においてすでに失当であり却下をまぬがれない。

二、よつて以下被告国に対し本件買収処分並びに売渡処分の各無効確認及び原告が所有権を有することの確認を訴求している点について考察する。

本件土地は買収計画樹立の当時原告の所有であつたこと、村委員会に対し訴外藤岡時蔵は(1)の土地のうち七十五坪、同杉本奈良助、藤岡美雄は原告から(2)の土地のうち各五十坪を賃借していたとして夫々右賃借地の買収申請があつたので、原告主張の日時同委員会は原告主張の如く本件各買収計画((一)の土地に付ては百七十六坪全部)を樹立し買収計画書を作成し村委員会々長名義をもつて河合村役場に右買収計画書を縦覧に供する旨の告示をなし、次いで県委員会は原告主張の日時右買収計画承認の決議をなし知事は同買収計画に基き原告主張の日時買収令書を発行しその主張の日時これを原告に交付して本件買収処分をなしたこと、又村委員会が原告主張の日時原告主張のように売渡計画を樹立しその主張のように売渡通知書を発行しこれを売渡の相手方に交付して本件売渡処分をなしたこと及び県委員会が買収計画の承認について承認書なる文書を発行していないことは何れも当事者間に争がない。

而してその後被告主張の日時に藤岡時蔵の買収申請に基き買収処分がなされた(1)の土地のうち百一坪並びに杉本奈良助の買収申請に基き買収処分がなされた(2)の土地のうち五十坪については被告主張のような修正通知書が原告に対し発行交付されたことは当事者間に争がなく、前示修正通知書が発行された経緯即ち被告主張のように河合村農業委員会が当該買収計画並びに売渡計画の取消の決議をなし知事がこれを確認の上その買収処分の取消処分として右修正通知書が発行交付されその売渡処分の取消処分として藤岡時蔵には売渡訂正通知書を、杉本奈良助には売渡取消通知書が各発行交付されたことは原告においてこれを明らかに争わないから自白したものとみなされるところであり、右訂正取消に基いて被告主張のように分筆ならびに農林省のための所有権取得登記の抹消の各登記手続がなされたことは成立に争のない乙第五、八、九号証の各一、二によつて明らかである。ところで原告は右は取消処分として不適法で効力がない旨主張するが、およそ行政行為でもその成立に瑕疵があるときは処分庁が自ら職権によつてその行政処分を取消しうることは勿論であるが、唯、その瑕疵が重大な法規の違反でない限り右処分によりすでに権利を取得し、或は権利を消滅せしめられた者が存し一定の法律秩序が形成された場合においては処分を取消しその既得の権益若しくは既成の法律秩序を既往にさかのぼつて消滅させるときは却つて法律秩序の混乱をきたす場合は取消さないことができるものと解せられるところ、本件宅地買収処分による買収宅地の売渡処分は完了しそれによつて藤岡時蔵は(1)の土地を杉本奈良助は(2)の土地のうち五十坪の各所有権を取得したけれども、前段認定のように藤岡時蔵は(1)の土地のうち七十五坪の買収申請をなしたにとゞまりそれを超えて百七十六坪全筆についてなした買収処分はその範囲において買収、従つて売渡のできない賃借地以外の土地を含んでいる法規違反の重大な瑕疵があり、又前段認定のように杉本奈良助は(2)の土地のうち五十坪の買収申請をなしているが成立に争のない甲第八号証の一によれば同人は自作法所定の農地の売渡を全く受けていないことが認められるから買収申請をなし得る適格を欠きその買収申請に基く買収処分はこれまた法規違反の重大な瑕疵を包蔵し共に自作法の企図する目的に背反しこれ等の処分の効力を維持させることは法律秩序をみだし公益に適合しないと認められるから、藤岡時蔵の申請に基きなされた(1)の土地の買収処分のうち四百七番地の一宅地百一坪の買収処分並びに杉本奈良助の申請に基きなされた(2)の土地のうち四百三十七番地の一宅地五十坪の買収処分及びそれぞれ右に対応する売渡処分の各取消処分は何れも有効と認められる。そうであるとすると右の範囲の土地に関する買収処分並びに売渡処分についてはすでに被告国において始めからその効力か該処分が全く存在しなかつた状態を現出し即ち右百一坪又は五十坪の宅地に付てその登記簿上もその所有名義人は原告に記載せられていることは成立に争ない乙第八、九号証の各一によつて明かであつて被告国もその旨を容認しており、従つて該土地の所有権が原告に属することをもはや争つていないのであるから四百七番地の一宅地百一坪並びに四百三十七番地の一宅地五十坪に関する買収処分並びに売渡処分の無効確認及び同土地の所有権の確認を求める訴は現在においては法律上の利益がなく却下するほかはない。

三、そこで次にその余の土地すなわち藤岡時蔵の申請により買収された(1)の土地のうち七十五坪(四百七番地の二宅地七十五坪)並びに藤岡美雄の申請により買収された(2)の土地のうち五十坪(四百三十七番地の三宅地五十坪)に関する各買収処分について検討する。

先ず原告が無効原因として主張する(七)の点について考えてみるに、藤岡時蔵が原告から(1)の土地のうち七十五坪を賃借しているとして村委員会に対しその買収申請をなしたことは当事者間に争がない。而して弁論の全趣旨に検証の結果(第二回)によると、四百七番地の二所在木造藁、瓦葺平家建居宅一棟(藤岡時蔵居宅)の西方に接しほぼ南北に通ずる小溝に同家宅西北角において架設されたコンクリート小橋東南角の地点を(イ)点とし同家屋東北角軒先端の垂直の地点を(ロ)点とし(イ)点より右小溝東側堤に沿つてほぼ南方に延長した線と右宅地南方に接し東西に通ずる道路との交点を(ニ)点とし(ニ)点より右道路に接して建設された藤岡時蔵方皮手袋フツトボール工場雑品入場便所に沿つてほぼ東方三十九尺五寸の地点を(ハ)点とすれば藤岡時蔵が原告から賃借していた土地は四百七番地の二宅地七十五坪のうち右(イ)(ロ)(ハ)の各点を順次直線で連結する線より西南に位する地域であることが認められる。そうであるとすると同訴外人がこれを七十五坪として買収申請をしたことは実際の坪数に多少相異するがその瑕疵は軽微でありこの理由を以てしては同訴外人が賃借権を有した右地域の買収を無効ならしめることはないけれども、右地域以外の部分に対する買収処分は買収の対象を誤つておりその瑕疵は明白かつ重大であるから無効たるをまぬがれない。

そこで四百七番地の二宅地七十五坪のうち前記地域並びに四百三十七番地の三宅地五十坪について原告主張の(九)の点について考察するに、自作法第十五条第一項第二号によつて宅地等を所謂附帯買収し得るためには原告主張のような当該宅地と売渡農地との特別の牽連関係が常に存することも又宅地の所有者と売渡農地の所有者とが同一であることもこれを要しないけれども宅地が売渡農地の取得に附帯して買収せらるゝことの本質と我国の耕地事情から当該宅地と売渡農地間に次の様な関係が必要であること、即ち該宅地と売渡農地との間に従来直接に密接な関係があるか又は売渡農地が夫自体相当の面積であるか若しくは売渡農地が当該農家の経営上相当な割合を占めていて該宅地が売渡農地の経営に大なる便益を供する場合であることを要する。ところで成立に争のない乙第七号証の一、二並びに弁論の全趣旨によれば、藤岡時蔵、藤岡美雄は何れも右宅地上に存する家屋に居住して耕作に従事していたものであるが、藤岡時蔵が従前から経営していた農地は売渡農地を含め田畑合計五反一畝六歩であり、之に対して売渡を受けたのは田一反三畝一歩であつて売渡を受けた農地は全農地の約四分の一強にとどまり、又藤岡美雄が従前から経営していた農地は売渡農地を含め田畑七反八歩であり之に対して売渡を受けたのは僅かに田二畝二十六歩であることが認められ、そうすると共に右宅地は右訴外人等のそれぞれの農業経営全般即ち従前から経営していた農地と売渡を受けた農地とを合せた全農地の経営に利用せられる関係にはあるけれども、売渡農地は奈良県下の耕地事情より見ても何れもその絶対面積は少く而も耕作農地全体のうちに占める割合は右の程度にすぎないから他に特段の事情に付被告国から何等の主張立証がなく、又全証拠によるも之を認められない本件では右宅地は何れも売渡農地の経営に必要であるとは認められない。従つて(一)の宅地のうち前段認定の部分(二)の宅地のうち五十坪に関する前記買収処分は何れも不当であつて無効たるをまぬがれない。

そうであるとすると四百七番地の二宅地七十五坪並びに四百三十七番地の三宅地五十坪に関する各買収処分はすべて無効であると論断せざるを得ない。

四、次に藤岡時蔵に売渡された四百七番地の二宅地七十五坪並びに藤岡美雄に売渡された四百三十七番地の三宅地五十坪に関する各売渡処分について考察するに、前段認定のように当該宅地に関する買収処分が無効である以上右各売渡処分も無効であることは明かである。

五、よつて前記認定のように四百七番地の二宅地七十五坪並びに四百三十七番地の三宅地五十坪についての買収処分売渡処分が無効である以上原告はその所有権を有することゝなるからこれを争う被告国に対しその確認を求める利益がある。

六、以上のとおりであるから被告知事に対する本訴はすべて理由がなく、被告国に対してはその余の判断をするまでもなく前記四百七番地の二宅地七十五坪並びに四百三十七番地の三宅地五十坪についてなされた買収処分並びに売渡処分とその所有権確認とを求める範囲内において正当であるが、その余は理由がないことゝなるので、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条第九十二条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 菰淵鋭夫 吉井参也 福井秀夫)

(目録省略)

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